例年11月15日県指定無形文化財神事
神事の中で出てくる神官等の名称は、現神官の呼称とは別です。


大宮司が“ひもろぎ”の前に立ち、扇を開き右手にとって
三山を誉める心持ちで扇と手を三度うちあわせ、同様に
右斜め、左斜めに拝をします。
(笏拍子<しゃくびょうし>に合わせて行われます)
次に正面に立ち、扇を懐に納め笏をもち
(正面に向かい) 「あゝら よいやま しげったやま
(右斜めに向かい)「あゝら よいやま しげったやま
(左斜めに向かい)「あゝら よいやま しげったやま
(また正面に向かい)「あらふれる 正木のかずら いろまさる この駒に水をかい はみをあたえよ」と声高に述べる



次に“ひもろぎ”の正面に立ち向かい、杖と犬の綱を持ち
正面右の者<禰宜一良>が
山は深し、木の葉はしげる 山彦<やまびこ>のこえ 鹿<か>のこえか ききわたりとも 覚え申さず」と言い。
正面左の者<禰宜二良>が
一の禰宜どのには 七日七夜のおん祭り ごしゅに食べ酔い ふせって 候<そうろう>
五尺の鹿 七かしら 八かしら まぶしの前を通る鹿 なんとなさる
次に一の禰宜が(弓を執って)
そのときには 志賀三社 志賀大明神のみ力<ちから>をもって 一ぴきたりとも 逃しはせぬ」と言い。
次に、左の写真のように
“ひいらぎ”の元の盛り砂めがけ「
エイッ エイッ エイッ」と三度弓を引き矢を放つ!



(上座の“ひいらぎ”に対して下座の方)
“ともがかり”に、三人の社人が藁製の鰭<ひれ>を両手に
持ち蹲踞<そんきょ>して、鯛の形をまねて藁の束を左右に
ふり続ける。


禰宜が(櫓<ろ>を執って)
君が代<だい>は 千代に八千代に さざれいしの いわおとなりてこけのむすまで
あれはや あれこそは 我君のみふねかや うつろうがせ身骸<みがい>に命<いのち> 千歳<せんざい>という
花こそ 咲いたる 沖の御津<おんづ>の汐早にはえたらむ釣尾<つるお>にくわざらむ 鯛は沖のむれんだいほや」と言い
次に別当が
志賀の浜 長きを見れば 幾世経らなむ 香椎路に向いたるあの吹上の浜 千代に八千代まで
今宵夜半につき給う 御船こそ たが御船ありけるよ あれはや あれこそは 阿曇の君のめし給う 御船になりけるよ
いるかよ いるか 汐早のいるか 磯良<いそら>が崎に 鯛釣るおきな」言う。
その後、禰宜が「いくせで釣る」 別当が「よせてぞ釣る」と三度繰り返し言う。
別当《元来は本官のある者が別の役を兼ねて当たる意》


これで、山誉め神事の儀が終わり、権禰宜(現)が終わりを宣します。
   このページ中の口述文の文章は「平成14年3月28日謹製 社人 中嶋昇 氏保管の覚書」より転載させて頂きました。
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